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カワセミ
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大堀川で撮影。至近距離。
テレコン使用、光学ズーム約20倍(換算で約720mm相当)。
ノートリミング。

松戸市の「21世紀の森と広場」で、
備え付けの望遠鏡を覗いてカワセミを観察したことがある。
入院中のうちのおくさんがそのときの出来事を思い出し、
またカワセミが見たいなあ、と。
見に行けないから写真を撮ってきてほしいなあ、と。

リクエストされて撮れる被写体ではないが、
「超」がつくほどの幸運に恵まれたらしく、撮影できた。
しかも、これまでは辛うじてカワセミとわかる程度の「証拠写真」であったのに対し、
今回のはいかにもカワセミの写真らしく撮ることができた。

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パンプルムース(Pomplamoose)/ Mister Sandman
by hikihitomai | 2011-02-27 21:18 | 生き物
Lacrimosa
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うちのおくさんが救急搬送されて一週間。
容態にちょっとした変化があった。
携帯電話を操作できるようになったのである。
短いメールも打てるようだ。
しかし、残念ながら明るい話題は以上である。

入院後、処方される鎮痛剤の量はかなり増えたが、
痛みから解放されてはいない。
食事を取ることができず、栄養分は「胃ろう」で流し込んでいる。
薬も胃ろうである。

右耳周辺は一層ひどい状況になった。
内部の腫瘍が表皮まで到達し、
火傷のようにただれているのに加え、
何カ所か陥没しており体液が流れ出している。
小さな穴もあいていて、中が見えてしまうのが怖ろしい。

それでも、今すぐ死んでしまう状況ではない。
よろけながらも、なんとか自力で立てるだけの体力が残っている。
この際、本人にとっては不幸である。
その体力がある限り「終わり」にはならないからだ。

言い換えると、
その体力を使い切るまでは死ねないのであり、
生きている限り苦痛の日々が続くのである。

痛みに耐えられないから死んでしまいたい。
それが、うちのおくさんの望みである。
「もう終わりにしたい」が口癖になった。
非常階段から飛び降りると言い放って、
看護師さんたちをあわてさせたこともある。

終わりにしてくれるよう、医師にお願いしてくれと頼まれもした。
もちろん無理な相談である。
それでも、医師に希望を伝えることで、
うちのおくさんの気持ちが多少なりとも楽になればと期待して、
面談の機会を設けてもらった。

その面談に本人も同席したいと望んだが、
結果的に、うちのおくさんは同席しなくて良かったと思う。

面談での医師の第一声に、唖然としたからである。
「頭頚癌(首から上の場所にできた癌の総称)は、専門外なので、、、」
医師は面談中に「専門外」を何度も口にした。
言い訳かもしれないが、まあ、正直な言動は結構なことだ。
現在は抗癌治療は行なっておらず、痛みを軽減する措置だけなので、
頭頚癌が専門外でも対処できるだろうとは思う。

しかし、それを聞かされた患者や家族が喜ぶとは限らない。
死にたいと訴える患者の家族に対して、「専門外」を連発する神経を疑った。
こんなヤツに、うちのおくさんの苦しみが理解できるのだろうか。
そういう疑念が生じ、疑念が怒りに変わるまでに要した時間は数秒であった。

怒りを抑えつつ、様々な思いを整理整頓して、医師にお願いした。
痛みの軽減に全力をあげてください、と。
そのお願いに対し、
「看護師ともどもご希望に沿うよう対処します」というのが医師の回答。
口調がとても滑らかだったのが気になったが、
その懸念が現実のものとなる事件が、その日の夜中に起こった。

うちのおくさんが、自宅にいた私の携帯に電話してきたのである。
とても痛いから看護師さんをコールしたのに、来てくれないという。
ボタンをきちんとおしてないかもしれないから、
もう一度押すよう伝えたところ、
何度も押しているのに来てくれないから私に電話したのだという。
早く助けてくれ、と。

携帯電話はそのまま切らずに、
私は固定電話から病院に連絡をいれた。
状況を説明の上、善処するよう求めた。

そして携帯電話でうちのおくさんとの通話を続けた。
看護師さんが到着するまで話をしていたいと言うからだ。
ひとりで待ち続けるのが耐え難かったのだろう。

結局、看護師さんが鎮痛剤を持って駆け付けるまで、
うちのおくさんとの通話は30分以上続いた。
もう終わりにしたいと望んでいる患者にとって、
30分の待ち時間は拷問である。

薬が投与されたことを電話越しで確認した後、私は病院に向かった。
穏やかな表現を用いると、
痛みに苦しむ患者を放置しないでくださいとお願いするためである。
そして、病院では穏やかな表現どおりに振る舞ったので、
私は疲労感でいっぱいになった。

病院から帰宅したのは午前1時半頃。
疲れているはずなのに、なかなか眠りにつけなかった。
激しい怒りのため、目が冴えてしまったからである。

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ズビグニエフ・プレイスネル(Zbigniew Preisner)/ "Requiem for my friend" から "Lacrimosa"
by hikihitomai | 2011-02-24 23:18 | 植物
Double Platonic Suicide
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先日、うちのおくさんに「殺してくれ」と哀願された。
もう終わりにしたいという。
癌の苦痛から解放されるなら死んでもいい。
まだ病死できないのなら、いま殺してほしい。

ただ泣けてくるばかりで、
このやりきれない気持ちを表現する適当な言葉がみつからない。

一日でも長く生きていたいと言っていたのが遠い日の出来事のように思える。
顔が腐食して化け物のようになったとしても生きていたいし、
生きていられるなら体が不自由でも構わないと言っていたが、
今はもうそんな元気はない。
苦痛に、生きる気力を吸い取られているのだ。

余命半年ないし一年と宣告されてから3ケ月が経過した。
癌は容赦なく進行している。
容体は悪化の一途である。

昨日、うちのおくさんは入院した。
段階的に摂取量を増やしてきた鎮痛剤が効かず、
痛みに耐えきれなくなり救急車で搬送されたのである。

本人が入院を強く希望したのは、
痛みが酷かったからであるが、もうひとつ別の狙いがある。
大量の鎮痛剤を投与してもらって眠りに落ち、そのまま死ぬつもりなのだ。
そんなことが実現可能か否かの問題ではなく、本人がそれを望んでいる。
殺してくれと頼んでも、私が承知しないものとあきらめ、
楽になれる別の方策を考えたのだろう。
苦痛から解放されたいとの思いは切実なのである。

結局、私は癌から救ってやることができなかった。
無力な亭主に残された選択肢が他にないのであれば、
「殺してくれ」という悲痛な叫びに応えてしまうかもしれない。

無論、その行為は殺人罪に該当する。
人道的にも批難されるだろう。
しかし、医療で対処できない苦痛から解放してやることが
法律に抵触するのであれば、何のための法律だろうか。
人道に反するなら、このまま苦痛に満ちた日々を送らせることが人道なのだろうか。


どうしても、あやうい考えにとらわれがちである。
気がつかないうちに私も癌に蝕まれてしまったのかもしれない。

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スティング(Sting) / Fragile
by hikihitomai | 2011-02-18 01:04 | ねこ
数字のピラミッド
エジプトの社会情勢がニュースになっている。
独裁政権が30年も続けば、ウミもたまるだろう。
大規模な反政府デモが起こっているようだ。

そこで、というわけでもないが、
エジプトといえばピラミッドが思い浮かぶので、人畜無害な数字のピラミッド。
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一段目が1、二段目が2、三段目が3。
1+2=3

四段目が4、五段目が5、六段目が6、七段目が7、八段目が8。
4+5+6=7+8

以下同様。

それらを等式にまとめると次のとおり。
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上掲の等式で、左辺の初項だけを並べると 1,4,9,16,25,36,・・・なので、
その一般項は  An = n^2 
従って、n番目の等式は、
左辺の初項が n^2 、左辺の項目数は(n+1)個、右辺の項目数は n個。
ピラミッド状の等式は無限に続く。

続いて、平方数(2乗数)でも似たような等式が成り立たないものかと探してみた。
結果は次のとおり。
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まず、n^2+(n+1)^2 = (n+2)^2
これを解くと n=3 なので、3^2+4^2 = 5^2
これが一番目の等式。

次に n^2+(n+1)^2+(n+2)^2 = (n+3)^2+(n+4)^2
これを解くと n=10 なので、10^2+11^2+12^2 = 13^2+14^2
これが二番目の等式。

以下同様。

上掲の等式で、左辺の初項を並べると 3,10,21,36,55,・・・= An
項差をとると 7,11,15,19,・・・= Bn
Bn は公差4の等差数列なので、
An = A1 + ΣBk = 2n^2+n

従って、n番目の等式は、
左辺の初項が 2n^2+n 、左辺の項目数は(n+1)個、右辺の項目数は n個。
ピラミッド状の等式は無限に続く。

さらに、立方数(3乗数)について探してみたが、残念ながらアンバイがよくない。
何かを間違えているのか、もともと存在しないのか。
それらしいものは、次のひとつだけしか見つからなかった。
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Modern Jazz Quartet / Django
アルバム "Pyramid" から。
タイトル曲は こちら
by hikihitomai | 2011-02-11 21:41
Quality of life
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先日、「胃ろう」の処置が済み、うちのおくさんは退院した。
これで何度目の退院だろうか。

胃ろうのおかげで、普通の食事が不可能になったとしても、
消化器官が機能していれば栄養摂取が可能になった。
当面の危機は回避できたわけだが、
短い余命がさらに短くならぬよう対処したに過ぎない。

これまでの医療を経て、うちのおくさんの体は傷だらけになった。
今回の胃ろうの処置でも、お腹を少し切った。
切ったといっても、一年前の手術に比べれば大したことはない。
あのときは右耳の後方をぐるりと切り開いた。
右太腿にも30センチくらいメスが入ったのは、
耳の腫瘍を摘出した跡地に脚の血管や神経を移植したためである。
それらの手術痕の大きさは、病の篤さを物語っている。

この頃では、内部の腫瘍が表皮にまで到達し、
右耳周辺から頬にかけて、火傷のようにただれている。
下腹部には、2年前の春に受けた子宮筋腫摘出手術の痕跡が残っている。

傷が増えても命があるのだから、感謝すべきとの考え方もある。
それでも、いわゆる Quality of life (QOL) の観点から、
メスを入れるにも限度はあるだろう。

見た目の傷が増えるだけならともかく、
延命できた分だけ苦痛の日々が増えるのであれば、
何のため医療を受けるのかわからない。
苦痛がなくても日常生活が大幅に制限されるなら、
やはり医療を受ける目的が曖昧になってしまうだろう。

うちのおくさんの QOL を考える上で、
キーワードになるのは「ソフトランディング」である。
残りの日々をなるべく苦しまずに過ごせるよう、
そして、悲惨な最期にならぬよう、いかに対処するか。

方向性はわかりやすいが、それを実行するのは難しい。
末期癌患者の QOL を維持することが大切なように、
患者を支える家族の QOL を維持することも大切である。
そして、それらを両立させることは容易ではないのである。

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ジェームス・ブラント(James Blunt)/ You're beautiful
by hikihitomai | 2011-02-05 02:28 | 生き物