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白樺桜



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SONY α55, 70-300mm F4.5-5.6 G SSM



柏市増尾。
高原の観光地のように見えないでもない。
とても狭いアングルだけれど。


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アメリカ(America)/ Sister golden hair
by hikihitomai | 2015-03-27 21:00 | 植物
オオイヌノフグリ



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SONY α55, TAMRON SP AF 90mm F2.8 MACRO



フグリは金玉袋(陰嚢)のこと。
オオイヌノフグリとは、大きい犬の金玉袋なのか、
それとも犬の金玉袋が大きいという意味なのか。
答えは、どちらも不正解。

実が犬の金玉袋に似ている植物がイヌノフグリと命名され、
イヌノフグリに似た花でそれより大きいからオオイヌノフグリになったのだとか。

形が似ているといった事情で命名された例としては、
そのものズバリ「ニタリ貝」がある。
何に似ているかご存知でない方は、"ニタリ貝" で画像検索してください。

ちなみに、ニタリ花という植物はないし、
オオイヌノボボやオオイヌノベッチョもない。

そういう話を奥さんによくしたものだ。
うちの奥さんは、小さい花を愛でたからね。
今頃の季節なら、オオイヌノフグリやホトケノザといった花である。
もう少し暖かくなると、ユキノシタ、カラスノエンドウ、ニワセキショウ。

散歩のとき、草地の小さな花を愛でる奥さんに、
金玉袋やニタリ貝の話をするのが私の趣味であった。
奥さん亡き今、こうしてblogに書きなぐるしかないのだが、
書きなぐっていて気がついたことがある。
こういう話をするときは、聞く側の嫌がる反応がないと面白くないのね。


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ドビュッシー(Claude Debussy)/ 月の光(Clair de lune)
トーマス・レーベ(Thomas Labe)のピアノ演奏。
by hikihitomai | 2015-03-26 21:00 | 植物
里山の春



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SONY α55, 70-300mm F4.5-5.6 G SSM












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TAMRON SP AF 90mm F2.8 MACRO



柏市増尾の里山。
季節ごとに様々な草花が栽培されている。


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パット・モラン(Pat Moran)/ I could have danced all night
この音楽CDを購入したきっかけは洒落たジャケットデザインが目にとまったから。
冒頭の約20秒、アルコ弾きのベースがおどろおどろしくて、意味不明。
それはさておき、このアルバムはパット・モランのピアノ・トリオだけれど、
スコット・ラファロ(Scott LaFaro)のベースを聴くための一枚。

そのベースが爽快なときと、鬱陶しく感じるときがある。
ベースが前面に出過ぎるのは無理がある、というのは一般論。
このアルバムの場合、共演のピアノとドラムの存在感が薄いことが弱点。
ベースが目立ち過ぎて、トリオ演奏のバランスが崩れているように思う。
バランスという点では、
左チャンネルにピアノ、右チャンネルにベースという音の配置が、
演奏のバランスの悪さを助長している。

ちなみに、このピアノ・トリオにヴォーカルを加えると
ベヴァリー・ケリー(Beverly Kelly)のアルバムになる。
たとえば、"Lover come back to me"は こちら
ここでも、ベースのスコット・ラファロが無暗に頑張っている。
ヴォーカルとピアノはイマイチ、芸のないドラムは論外。

余談ながら、このYoutubeでの音は、音像が中央に集まっているが、
うちにある音楽CDで聞くと上記のピアノ・トリオと同様の音づくりになっていて、
左チャンネルにピアノ、中央にドラム、右チャンネルにベースが配置され、
ヴォーカルが右チャンネルに偏在している。
落ち着かない音づくりで、バランスもヘッタクレもない。

ついでにもうひとつ。
同じスコット・ラファロのベースをピアノと左右で対峙させた音づくりでありながら、
相手がビル・エヴァンス(Bill Evans)だと、それが必然的なものに感じられる。
ふたりの奏者が互いの楽器を通じて語り合っているようだ。
たとえば、"Waltz for Debby" は、 こちら
by hikihitomai | 2015-03-25 21:00 | 物見遊山
スノーフレーク



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SONY α55, TAMRON SP AF 90mm F2.8 MACRO













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ヘレン・メリル(Helen Merrill)/ Dream of you
「ニューヨークのため息」と称賛されたハスキーヴォイス。
レコードジャケットの写真からは、声が想像できない。

ジャケット写真といえば、
ヘレン・メリルにはジャズを聴かない人でも知っている超有名盤があり、
そのジャケット写真も有名。( こちら

熱唱する姿を撮った写真であり、いかにもジャズっぽいという評判。
しかし、私はあのジャケット写真が嫌い。
私の濁った眼には、背中を刃物で刺されて苦しんでいる表情にしか見えない。
だいたい、と偉そうに書くけれど、
だいたい、女性を撮影するのに、眉間に皺を寄せて大口をあけている顔写真はないだろう。
個人的な趣味の問題だけれど。
by hikihitomai | 2015-03-24 21:00 | 植物
えらいこっちゃ



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猫の目線












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非日常的












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性少年の目線



一枚目の写真、水を入れたペットボトルは、猫除けになるのだろうか。
お散歩カメラの眼には、近くに猫がいる目印にしか見えないのだが。

二枚目の大きな縫いぐるみを発見したときは、ちょっと驚いた。
思わずまわりに人がいないか確認してしまったのだが、
その行為に何の意味があるのか自分でもわからない。
ゴミ捨て場でもないのに、どうしちゃったんでしょうね。

三枚目の写真は、農業用の用水路で撮影。
季節になれば、子供たちがザリガニ釣りをして遊んでいる場所だ。
小学生が雑誌を発見したら、騒ぎになるかも。
「くもくもがけにコンチたれおし」などという言葉を思い出した。
「こんまけわたしのニキビ」なんてのもあったな。


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アッリーゴ・ボーイト(Arrigo Boito)/歌劇「メフィストーフェレ」から Son lo spirito che nega
すべてを否定する精霊。
歌手はブリン・ターフェル(Bryn Terfel)。
最後は口笛(指笛)を長めに吹いている。
とてもカッコイイ。
by hikihitomai | 2015-03-23 21:00 | 物見遊山
ネコヤナギ



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SONY α55, TAMRON SP AF 90mm F2.8 MACRO













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撮影中、頭上のネコヤナギに触れていたようだ。
帰宅後、鏡を見たら髪に黄色や白の粉がまぶされていて、
サイケデリックな頭になっていた。
ちょっとカッコイイかも。


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フランツ・リスト(Franz Liszt)/ 半音階的大ギャロップ(Grand galop chromatique)
ピアノ演奏は、ヴァレンティーナ・リシッツァ(Valentina Lisitsa)。
by hikihitomai | 2015-03-22 21:00 | 植物
曇天梅



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SONY α55, DT 16-50mm F2.8 SSM














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TAMRON SP AF 90mm F2.8 MACRO



柏市立中原小学校の隣りの梅林で撮影。
梅はもう終わりですね。


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チェット・ベイカー&アート・ペッパー(Chet Baker & Art Pepper)/ Minor yours
by hikihitomai | 2015-03-21 21:00 | 植物
カワセミ



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SONY α55, 70-300mm F4.5-5.6 G SSM



3月14日、大堀川で撮影。
明け方、夢を見たのであった。
カワセミが来ているから撮ってきて、と。
奥さんに頼まれたのである。
祥月だからそんな夢を見たのだろう。

まあ、祥月でなくても奥さんの夢は今でもよく見るのだが、それはさておき、
生前、病床の奥さんに頼まれてカワセミの写真をたくさん撮った。
そのとき、奥さんが喜んでくれた写真のうちの一枚を、
今でもパソコンの壁紙として使っている。⇒ こちら


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シューベルト(Franz Peter Schubert)/ 夜と夢
歌はイアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)。
by hikihitomai | 2015-03-15 22:03 | 生き物
命日



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うちの奥さんが永眠して4年。

外耳道癌に蝕まれて、最後の日々は厳しいものとなってしまったが、
うちの奥さんはもともと能天気な女であった。

「愛情の等価原理」と呼ぶべきものを信奉していたのである。
おとうちゃんてさあ、アタシのことすごく好きなんだよねぇ。
アタシがこんなに好きでいられるのは、
おとうちゃんもアタシのことを同じくらい好きだってことだよね。
同じくらいでないと、夫婦としてバランスが取れないじゃん。
すごいなぁ、アタシってこんなに愛されてるんだぁ。
きゃあ、恥ずかしい。

そういう論法である。
自分の主張を展開するたび、うちの奥さんは勝手に盛り上がるだけ盛り上がっていた。
変な薬物を乱用することもなく、あれだけ高揚できたのは一種の才能といえるだろう。

才能といえば、勝手に盛り上がるケースがもうひとつあった。
町で美人を見かけたときである。
今すれ違った人、すごく色っぽかったね、と。
そう切り出す奥さんには、三段階で決まり文句があった。

今の女の人、チャンスがあれば抱きたいなとか思ったでしょ。
でも、悪いことは言わないから、アタシで我慢しときな。
それが第一段階。

アタシは何でもしてあげるよ。
おとうちゃんもアタシになら何をしてもいいんだよ。
きゃあ、言っちゃった、恥ずかしい。
それが第二段階。

子供を三人ももうけた関係において、きゃあ恥ずかしいもないと思うのだが、
とどめの第三段階は次のとおり。
それにねぇ、アタシならタダだよ。

私はこれまで、いわゆる風俗営業で有料サービスを受けたことはないのだが、
奥さんは「アタシならタダだよ」と面白がるのであった。


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楽しかった想い出だけでなく、辛いことや悲しい出来事も、
歳月を経るとともに美しい想い出に昇華するようだ。
記憶は美化されるのだろう。
たとえそうであっても、美化しうる日々を共に歩んでくれた奥さんに感謝している。
彼女とめぐり会うことがなかったら、私の人生は味気ないものになったことだろう。

うちの奥さんがもう助からないと判明したとき、
私は自分の半分を失うのだと恐怖した。
そして、半分では済まないだろうことも予感し、
奥さんが死んでしまうことと自分が死ぬことの区別がつかなくなり、ときどき混乱した。

奥さんがいつ死んでもおかしくない状況下で、
日々の暮らしは強度の緊張感に支配されていた。
肉体的にも精神的にもあやうい綱渡りをしていたのかもしれない。

夜、奥さんに鎮痛剤をのませる。
眠りに落ちるまで手を握り、髪を撫でる。
握った手から、痛みが伝わってくる。
まだ死にたくないという想いが伝わってくる。

まだ死にたくない。
いっしょにいたい。
それが奥さんの想いなのか、自分の気持ちなのか区別がつかなくなる。

ある晩、奥さんに殺してくれと頼まれた。
鎮痛剤が効かなくなっており、痛みに耐えがたいから終わりにしたい。
私に抱きついて、最後の願いを聞いてくれという。
彼女は、病魔ではなく、私の手で生を完結させてくれと訴えたのである。

三人の子供たちのためにも、父親が殺人者になるべきではない。
そのような冷静な判断をしたのは事実であるが、理由のあとづけであった。
躊躇した直接の理由は、理性によるものではなく動物的な感情によるものだ。
彼女の首に手をかけたとき、肌があたたかかったのである。
とてもあたたかいのが嬉しくて悲しくて、奥さんを抱きしめることしかできなかったのである。

それが奥さんにとって幸運だったのか不幸だったのかはわからない。
そして、こんなことは書くべきではないとは思うが、
私は奥さんの望みを受け入れてやらなかったことを後悔している。


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ヌジャベス(Nujabes)/ reflection eternal
by hikihitomai | 2015-03-13 23:05 | 植物
JONES



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SONY α55, DT 16-50mm F2.8 SSM



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ロマーヌ(Romane)/ Danube
by hikihitomai | 2015-03-12 21:00 | 物見遊山