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千躰子育地蔵尊



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ディヴナ・リュボイェヴィッチ(Divna Ljubojevic)/ アグニ・パルセネ(Agni Partene)
by hikihitomai | 2015-11-28 21:00 | 物見遊山
浅草酉の市



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11月17日、二の酉。
仕事が早く終わることがわかっていたので、
帰宅途中、予定どおり寄り道をした。

私の特技は、職場から一歩踏み出せば仕事をスパッと忘れること。
呆れるくらい忘れるのが速く、週明けには、
先週まで何をどこまでやっていたのか思い出せないことがある。
イヤイヤながら働いているからだ。
なんて、誇らしげに書くことではないか。
仕事を忘れるのは特技ではなく、怠惰な性格によるものなのかもしれない。

そういうわけで酉の市を見物したのだが、何か変。
混雑した境内の様子が別世界のように思えたのである。

仕事を忘れることと、気持ちを入れ替えることは別物のようだ。
仕事モードがオフになっても、遊びモードが活性化しなかったので、
気持ちがどんよりと曇ったままなのであった。


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リッチー・コール(Richie Cole)/ Last tango in Paris
この演奏を初めて聞いたのは、30年以上も前のこと。
ジャケット写真がカッコイイ。
by hikihitomai | 2015-11-27 21:00 | 物見遊山
けんけんぱ



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けんぱ、けんぱ、けんけんぱ。
ちゃんと明かりの上で止まらないとダメだよ。
お父さん、ズルしてない?

私は見ていた。
お父さんがズルするところを。


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エミリー・クレア・バーロウ(Emilie-Claire Barlow)/ C'est si bon
by hikihitomai | 2015-11-26 21:00 | 物見遊山
丸の内スナップ



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イルミネーションがきらめく歩道では、
撮影スタッフがお嬢さんを誘導していた。
婚礼用のビデオ撮影だろう。
ウェディングドレス姿であった。

通りすがりのオバサン達はヤジウマ根性丸出し。
まあ素敵、ドレスが。
夜景に映えるわねぇ、ドレスが。
ホント綺麗ね、ドレスが。

ドレスがドレスがって大きな声で、ほんとにもう。
花嫁に聞こえてしまいそうでハラハラしたのは、
オバサン達が私の気持ちを代弁していたからである。
おそらく、ハラハラしていたのは私だけではないだろう。


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クラウド(Cloud)/ Cute
by hikihitomai | 2015-11-25 21:00 | 物見遊山
昭和記念公園



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11月21日、昭和記念公園で撮影。
晴天は三連休の初日のみの予報であった。
それで早起きして遠くまで出かけたのである。

その日は子供の遠足なみに目覚めがよかった。
55歳のオッサンだけど。

開門と同時に入場。
しかし、混雑する前にイチョウ並木を撮影してしまおうとのアテは外れた。
人は多くなかったのだが、肝心のイチョウ並木が最盛期を過ぎていたのである。
枝が目立つ並木をそれなりの写真にまとめるウデはない。
イチョウ並木の撮影を断念。

第一の目的を失ったので、遠足気分が急激に冷えた。
被写体を求めて広い園内を探索。
なぜか女郎蜘蛛が目についた。
ここにも女郎蜘蛛、あそこにも女郎蜘蛛。

10枚くらいまとめて蜘蛛の写真を投稿するのも私らしいと思ったのだが、
当blogを訪問してくださった皆さんの不快感は計り知れないし、
早起きして遠出した結果が女郎蜘蛛写真のオンパレードではさみしい。

アテもなく歩きまわっていたら、聞き覚えのある甲高い声。
金属音のような鳴き声である。
池の片隅で、カワセミを発見。
すぐにそれとわかったのは、新しいメガネのおかげ。

先月メガネを新調してから、よく見えるようになった。
矯正視力の度数は以前のメガネ同様 1.0 だから、
遠くまで見えるようになったわけではない。
見える範囲内での解像度が向上したのである。
目についた物の識別が楽になった。

矯正視力の改善は嬉しいのだが、
メガネの恩恵が大きいということは、
それだけ老化が進んだ証拠である。


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ビートルズ(The Beatles)/ I'll follow the sun
by hikihitomai | 2015-11-24 21:00 | 植物
東京ドームシティ



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20151121 = 67^4


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マディリン・ベイリー(Madilyn Bailey)/ Chandelier
 ♪ 1,2,3 1,2,3 drink
 ♪ 1,2,3 1,2,3 drink
 ♪ 1,2,3 1,2,3 drink
 ♪ Throw 'em back, till I can't count

この人の歌う姿を見ていると「女の業の深さ」なんて言葉が思い浮かぶ。





by hikihitomai | 2015-11-21 21:00 | 物見遊山
知性の地平線



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神は存在するのか、しないのか。
ある者は、コインの表側を見て「表」と主張し、
ある者は、同じコインの裏側を見て「裏」と主張している。

古代ギリシアのアリストテレスによれば、
ものごとには結果に対する原因が必ずあって、
根本的な原因を次々と追及していくと神にたどりつくという。
アリストテレスによる神の存在証明と呼ばれるものだが、
なんのことはない、
知性の地平線の向こう側を神の園と命名したに過ぎない。

「過ぎない」などと切り捨てるのは私の個人的な見解である。
わからないことを、神という別のわからないものに置き換えたところで、
原因を究明したことにはならない。

わからないものであっても、人類の信仰の歴史は長い。

多くの場合、神への信仰は教育や生活習慣によって始まり、
それが引き継がれていくという。
家族に連れられ教会に通ううち信仰するようになるのであって、
はじめに神ありきで信仰が始まるものではないらしい。
バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872-1970)が何かに書いているのだが、
うろ覚えなので多少の誤認があるかもしれない。

私は、教育や生活習慣において、信仰とは無縁な環境で育った。
神を信じるに至る機会がなかっただけでなく、
中学生か高校生の頃、神を否定する意味で、先哲の言葉に感化された。

ベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli, 1804-1881)の言葉。
「知識の限界で宗教が始まる」
フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzsche, 1844-1900)は辛辣である。
「信仰とは真実を知りたくないという意味である」
エリック・ホッファー(Eric Hoffer, 1902-1983)も語っている。
「山を動かす技術があるところでは、山を動かす信仰はいらない」

それらは、当blogで何度か引用している言葉であるが、
いずれも、知性の地平線を広げる努力を放棄するなと警告している。
安易に神を頼るな、と。

そう解釈した若い頃の私は無神論者になり、今に至る。
無神論者といっても、神は存在しないのだと積極的に主張することはないから、
特定の信仰とは無縁、あるいは無宗教というべきかもしれない。

そんな私が無神論であり続ける理由は単純である。
居心地がよい。それに尽きる。
おそらく、神を信仰する人々も、そうする方が居心地がよいのだろうと想像する。
要は、神を信仰するのもしないのも、
生活環境による影響が大きいのであって、
神の存否は間接的な要因なのだと思う。

特殊な環境によって信仰が始まるケースもある。
特殊ゆえに、信仰に対するアンチテーゼとして、無神論より適切かもしれない。
カーゴ・カルト(cargo cult)である。

未開の地で、初めて輸送機を見た現地人は、
飛行機を神あるいは神の使いとして崇めたという。
いうまでもなく、飛行機は現地人の知性の地平線の向こう側から飛来したものである。
彼らは飛行機や空港施設の模造品をつくり、それが信仰になった。

カーゴ・カルトを笑い飛ばすことは簡単である。
しかし、カーゴ・カルトを笑うのであれば、
文明の地におけるすべての信仰を、笑い飛ばすべきであろう。
無遠慮に観察すれば、厳粛な宗教上の儀式はすべて、
カーゴ・カルトにおける模倣行動と本質的に同じものなのだから。

私の興味は、信仰とは別の観点で神をとらえるケースにある。
神の存在を便宜的に肯定すると、物事を端的に説明できることがあるからだ。
その典型的な使用例を数学者が示している。

「神は存在する。なぜなら数学に矛盾がないから。
 悪魔も存在する。なぜなら、それ(数学に矛盾がないこと)を証明できないから」
クルト・ゲーデル(Kurt Godel, 1906-1978)の不完全性定理に関連して、
アンドレ・ヴェイユ(Andre Weil, 1906-1998)が発した言葉である。

もちろん、ヴェイユは神の存在を肯定したのではなく、
完全な体系の象徴として神を引用したに過ぎない。
象徴という意味では、万能のブラックボックスを想定し、それを神と呼ぶこともあるだろう。

ちなみに、不完全性定理は「純粋に」数学の定理であって、
知性の限界を示すものではないし、神にも言及していない。

神の存在証明が行きつく先は、
象徴としての位置づけを除外すると、次の3パターンのいずれかになる。
・神の存在が肯定的に証明される。
・神の存在が否定的に証明される。
・神の存在証明そのものが不能であると証明される。

この中で最も面白いのは「神の存在が肯定的に証明される」ことである。
そこで、天罰を恐れぬ無神論者は考えた。

アンドロイドが電気羊の夢を見るとき、
人類は神の存在を肯定的に証明することは可能か?


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カール・オルフ(Carl Orff)/ 「カルミナ・ブラーナ(Carmina Burana)」から「 おお、運命の女神よ(O Fortuna)」
by hikihitomai | 2015-11-19 21:00 | 物見遊山
旅の背中



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メロディー・ガルド(Melody Gardot)/ La vie en rose
by hikihitomai | 2015-11-18 21:00 | 物見遊山
yu's Cafe Bar



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バド・パウエル(Bud Powell)/ Cleopatra's dream
by hikihitomai | 2015-11-17 21:00 | 物見遊山
Brewers



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早いもので、もうイルミネーションの季節。
蛾のように光に吸い寄せられて、さっそく撮影。


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シャカタク(Shakatak)/ Night birds
by hikihitomai | 2015-11-16 21:00 | 物見遊山