人気ブログランキング |
タグ:山の神 ( 124 ) タグの人気記事
上腕から脇の下を経由して乳房に至るライン



c0069055_17145225.jpg



1987年、新婚の頃の出来事。
テレビを見てゐたら、奥さんが私の顔をのぞきこんだ。
「なに考へてるの?」
私の目つきが怪しいといふ。

テレビでは肩を大胆に露出した女性が、
ヴァイオリンを弾いてゐた。
その脇の下をべろべろ舐めたら面白いだらうと、
おバカな想像をしてゐたのである。
「そんなことしたら捕まつちやふよ」
やりかねないと思つたのだらう。

奥さんはシャツを脱いで、片腕をあげた。
「舐めていいよ」
真顔であつた。

私は驚いた。
奥さんが天然ボケだと知つてゐても、驚くときは驚く。
いま思ひ返しても、驚かない方がどうかしてゐると思ふ。

彼女の恐るべき点は、
さういふことを真面目に実行したことに尽きる。
私のためを思つての行動なのであつた。

ちなみに、このとき気がついたことがある。
女性が腕をあげたときの、
上腕から脇の下を経由して乳房に至るラインは美しい。
鎖骨フェチの私は、新たに愛でる対象を得たのである。
変態の幅を広げたともいふ。


*******
ズート・シムズ(Zoot Sims) / Memories of you










by hikihitomai | 2019-06-25 21:00 | 物見遊山
命日



c0069055_22191701.jpg



うちの奥さんが永眠して8年。

8年が経過する中で、
時間が解決してくれたものもある。
さう思ふやうになつたのも、
同様に、時間の功徳といへるだらう。

奥さんの葬儀を終へた後、しばらくの間は、
自分でもわかるくらゐ感情の起伏が激しかつた。
頻繁に奥さんの面影がよぎり、その都度、
気持ちが乱れてしまつたのである。

平常心が乱れるきつかけは些細なことであつた。
たとへば一個のメロンパンを目にしたとき。
「半分こにして食べよう」
奥さんの声が聞こへてしまふのである。

生前、彼女は食べ物を半分こするのを好んだ。
「お前の方が大きいぞ」
「オトウチャンの方が大きいよ」
他愛のないやり取りが鮮明に蘇る。

それは、街を歩いてゐるときであつたり、
ときには通勤電車の車内であつたり。
奥さんの面影がよぎると涙があふれてしまひ、
どうすることもできなかつたのである。

「幸福の記憶ほど幸福を妨げるものはない」
アンドレ・ジッドの言葉であるが、
少し言葉が足りないと思ふ。

日常の些事は幸福の実感が伴はないから、
幸福として記憶されることはない。
しかし、さういふ些事であつても、
振り返ると幸福の記憶として甦るのである。

そして、それが些事であれば些事であるほど、
失つたものの大きさに泣けてくるのだ。

面影がよぎると辛くなつたのだが、
奥さんを忘れるわけにもいかなかつた。
忘れてしまふ方が、辛いに決まつてゐる。
耐へ切れないだらう。


c0069055_22194923.jpg


ふいに思ひ出すと気持ちが乱れるので、
常に奥さんのことを考へるやうにした時期がある。
考へても仕方がないことを延々と考へてゐた。

考へ事の出発点は、当ブログでも何度か引用してゐる歌。
「見し人の煙を雲とながむれば夕べの空もむつましきかな」
源氏物語の一首である。
現代の火葬場はほとんど煙が見へないから、
かういふ歌が詠まれることもないだらう。

では、現代に生きる者は火葬に何を思ふのか。
即物的にとらへると、
火葬の前と後で、原子の総数は変はらない。
化学反応の基本原理である。

遺体が焼かれて煙や灰になつても、
結合する組合せが変はるだけで、
うちの奥さんの身体を構成してゐた原子は、
全てが「この世」に存在し続ける。

当たり前といへば当たり前、
不思議といへば不思議である。

科学技術が進歩した将来、
煙や灰になつた全ての原子をかき集めれば、
うちの奥さんを再構成することは可能だらうか。
物理的に再構成できたとして、
それがうちの奥さんだと言ひ切れるだらうか。

頻繁に抱きついて私の頬をべろべろ舐めれば
うちの奥さんが蘇つたと言へるかもしれない。
しかし、それは必要条件であつて十分条件ではない。
では、十分条件は何か?



一時期、さういふことを、延々と考へてゐた。
現実逃避と言つてしまへばそれまでのことだが、
いつの間にかさういふ考へ事をしなくなつた。
時間が何かを解決してくれたのだらう。


*******
クープ(Koop)/ Whenever there is you














by hikihitomai | 2019-03-13 21:00 | 植物
そば屋で酒を飲む男女の関係



c0069055_22052714.jpg



天ぷらそばの「そば抜き」を「ヌキ」といふさうだ。
若い頃、たぶん1985年頃だつたと思ふが、
吉行淳之介のエッセイでそれを知つた。

「ヌキ」はそば屋で軽く飲むときの肴である。
そばつゆに浮いた天ぷらを崩しながら飲む趣向。
天ぷらのまともな食べ方とは言ひ難いし、
かといつて、粋な飲み方ともちよつと違ふ。
中年オヤジの悪食、といつたところか。

以下、「ヌキ」にまつはる亡き奥さんの思ひ出話。

当時、二十代半ばの若造だつた私は、
「ヌキ」を真似することにした。
交際中の女性(後にうちの奥さんになつた人)を誘ひ、
そば屋で酒を飲んだのである。

ただし、注文したのは「ヌキ」ではなく普通の天ぷらそば。
「ヌキ」はメニューに掲載されてゐないし、そもそも、
そば屋でそばを抜く注文は失礼な要求に思へたから。
多少の無作法が許される馴染みの店もなかつたし。

それでまあ、普通に天ぷらそばを注文し、
先にそばをやつつけてから、
ふやけた天ぷらを肴に酒をちびちびと飲んだ。
彼女もその飲み方が気に入り、
以降、私たちはときどきさういふ飲み方をした。

普通の天ぷらそばだから「ヌキ」ではなく「そばアリ」である。
それを「アリ」と略して、私たちの隠語になつた。
「アリ」でちよつと飲んで行かうか、といふ具合。

面白かつたのは、彼女が「アリ」を好んだ理由。
そば屋でさういふ飲み方をすると、
情夫と情婦の関係みたいで嬉しくて恥かしいと言つてゐた。

気の利いたレストランで食事やワインを楽しんだり、
居酒屋で飲んだりする関係よりも、
そば屋で飲む方が濃密な関係に思へるさうだ。
情事の前の軽い腹ごしらへのやうでもあるし、
情後のひとときを過ごしてゐるやうでもある、と。

アタシはアンタのオンナで、アンタはアタシのオトコ。
そば屋で飲むのはそれを公言するやうな行為に思へるから、
嬉しくて恥かしいのだとか。

さういふシチュエーションに酔つてゐたのでせうね。
彼女はよくタバコを買つてくれたのだが、それも同じ理由。
アタシが買つてあげると言ひながら、
私の手に千円札を握らせるのであつた。


*******
ジョン・コルトレーン & ジョニー・ハートマン / My one and only love
うちの奥さんが愛した一曲。
コルトレーンのサックス・ソロのあと、
ジョニー・ハートマンのヴォーカルが絶品。













by hikihitomai | 2019-02-06 21:00 | 物見遊山
ネクタイピン



c0069055_20371483.jpg


背広は寒い。
袖口や足元がスースー。
休日は防寒優先の服装で暖かくしてゐるから、
休み明けの朝は特に寒く感じる。

仕事着のカジュアル化が進み、
通年、ネクタイ不要となつたが、
寒い季節はネクタイを締める。
防寒対策である。
ネクタイはもともと防寒具として発明されたさうだから、
本来の目的どほりの使ひ方といへるだらう。

ただ、寒いのは電車に乗るまでのこと。
列車内は暖かく、職場では上着を脱いでゐる。
ネクタイを着用したまま一日を過ごすのは、
締めたり緩めたりが面倒だから。

寒い季節しか着用しなくなつたので、
数年前、古くなつたネクタイを処分して数本だけ残した。

ネクタイピンはひとつしか持つてゐない。
三十数年前に貰つた物である。
贈り主は、当時、交際中だつたうちの奥さん。

それまで、私はネクタイピンを持つてゐなかつた。
ネクタイを締めること自体、をかしな習慣であり、
チョンマゲと同じくらゐ変な格好である。
さう思つてゐたから、
いやいやながらネクタイを締め、
ネクタイピンなんか無関心だつたのである。

それで、ネクタイをブラブラさせてゐたら、
「アタシが買つてあげる」
とネクタイピンを贈られたのであつた。

うちの奥さんが使つてゐた物ではないけれど、
かういふ品も形見といふのでせうね。


*******
ナット・アダレイ(Nat Adderley)/ Violets for your furs











by hikihitomai | 2019-01-07 21:00
記念写真



c0069055_15590891.jpg



都内某所で、雰囲気のある写真館を見かけた。
飾り窓には家族の記念写真が何点か展示されていた。

頻繁に過去の記憶が蘇るのは歳をとった証拠だろう。
飾り窓の記念写真を見ていたら、
川口市民だった頃の出来事を思い出した。

2002年、末娘の七五三。
衣装をレンタルして、写真館で記念撮影をした。
係の人にうながされポーズを取る娘は恥ずかしがっていた。
その姿が、愛くるしい写真になった。
親バカである。

後日、写真館の店主が、親バカ写真の使用許可を求めてきた。
広告に使用する件と店頭に展示する許諾であった。

親バカ写真は豪華な額縁におさめられ、
写真館の飾り窓に展示された。
私はときどきそれを見に行き、
嬉しいような照れくさいような気分に浸った。

隠していたわけではないが、写真館通いは、
うちの奥さんの知るところとなった。

娘が可愛くて仕方ないんでしょうと笑っていたが、
その言葉にトゲが感じられたのは気のせいではない。
うちの奥さんは自分の娘のことであっても、
嫉妬する女だったから。

その後も、写真館通いは続いた。
奥さんに誘われたこともある。
「今日、写真を見に行こうよ」
ピクニックのように誘うのであった。


*******
セロニアス・モンク(Thelonious Monk)/ I'm confessin'










by hikihitomai | 2018-09-19 21:00 | 物見遊山
King, Jack and Queen



c0069055_13351396.jpg



*******
山崎まさよし / One more time, One more chance











by hikihitomai | 2018-08-23 21:00 | 物見遊山
命日



c0069055_14310424.jpg



うちの奥さんが永眠して7年。
48歳という若すぎる死であった。

相変わらず彼女の夢をよく見る。
日常的にじゃれ合っていたから、
日々の生活が夢に現れるようだ。

日ごろ、奥さんは化粧をしなかった。
私が化粧品の匂いを嫌ったせいもあり、
特別な行事がない限り彼女は口紅もひかなかった。

服装も地味で、いつもシャツとジーンズ。
男物の方が動きやすいという理由で、
私の上着を羽織ることが多かった。

奥さんが私の服を好んで着た理由はもうひとつある。
「アタシの匂いを染み込ませて、おとうちゃんを誘惑するの」
その効果があったのか、なかったのか。

そんな彼女は、顔や腕が日焼けしても気にすることもなく、
いつも生き生きとしていた。

うちの奥さんは、整った顔立ちではあったが、
美人というより、たれ目の笑顔が可愛らしい女であった。
私は笑顔の女性に弱い。
可愛らしい笑顔に接すると、すべてを肯定してしまう。

彼女の特徴という点では、とてもスタイルが良かった。
均整のとれた体という表現があるが、
まさにそれであった。

初めて彼女の裸体を目にしたときは、
サイボーグのようだと思った。
意を決して肌をさらした女性に向かって、
作り物呼ばわりしたのだから、ひどい男である。
嫌われたと思った彼女は泣いてしまった。

40歳を過ぎた頃から、奥さんの肉付きが変化した。
子供を三人も産めば体形が崩れても不思議はないが、
むしろ、色気が増すような変化であった。

亭主の贔屓目もあるだろうが、
癌を発症する前の奥さんの肢体は、
40歳台とは思えぬ若々しさがあり、
しかも妖艶な雰囲気を漂わせていた。

私は、台所で家事をする奥さんに近づき
背後から乳房を揉む悪戯を好んだ。
律儀な亭主は、ほぼ毎日、台所で家事を妨害した。
両手に伝わる感触と髪の匂いが、そうさせたのである。
彼女はおどけて「いやんいやん」と腰を振るのであった。

洗面所でも同様であった。
入浴時、奥さんは鏡の前で髪を結わいた。
きれいな裸の立ち姿であった。
放っておくわけにはいかない。

髪を結わくため両腕を挙げたときの、
上腕から脇の下を経由して乳房に至るラインが目を引いた。
つい触りたくなるような色香を醸し出していたのである。
それで、髪を結わくのを邪魔するのが私の使命となり、
任務は粛々と遂行された。


c0069055_21140888.jpg


屋内では私が奥さんを構っていたのだが、
屋外では彼女が積極的な行動をとった。
散歩の最中、
彼女は頻繁に私の頬にキスをしたのである。

かわいらしい猫を見かけたらキス、
路肩の小さな花を愛でてキス、
面白い形の雲を眺めてキス、といった具合。

美しい光景を見たり楽しい気持ちになったら、
記念に私の頬にキスをするのだと言っていた。
意味は異なるが、
動物のマーキングみたいな行動である。

奥さんにはお気に入りの散歩コースがあった。
雑木林を通り抜ける小道である。
天気がいい日は、
木漏れ日が地面に無数の光の玉を描く場所があった。
木々の梢が風にそよぐと、
無数の光の玉が揺れ動いて幻想的な光景になったのである。

きらめく光の中で、
奥さんはいつも私に抱きついてキスを求めてきた。
そういうときの彼女の唇は熱を帯びていた。
他に誰もいない雑木林ではあったが、
中年夫婦の散歩のわりに大胆な行動であったと思う。


c0069055_14323985.jpg


そういった在りし日の出来事が今でも夢で再現される。
夢のいいところは、
目が覚めれば奥さんのいない現実が待っているなんて、
「夢にも思わない」ことに尽きる。


「うつくしと思ひし妹を夢に見て起きてさぐるになきぞかなしき」
(拾遺集・詠み人知らず)



*******
ジョージ・ウィンストン(George Winston)/ Longing/Love
うちの奥さんが愛した音楽。
うちにあるアナログレコードは、
彼女に買ってもらったもの。
30年以上も前、まだ交際中だった頃、
「素敵な音楽」としてプレゼントされたのである。

先日、久し振りにこのレコードを再生したのだが、
聞いた後、うっかり居間に放置したため、
レコード・ジャケットの角を猫にかじられてしまった。













by hikihitomai | 2018-03-13 21:00 | 植物
大失態



この手の失態は演じないという自負があった。
過去形である。

12月上旬、警察の世話になってしまった。
酩酊し、駅の階段から転げ落ちたのである。
病院で手当を受け、長男に引き取られた。
57歳にして、この大失態。

額と眉間に打撲と切り傷、鼻から出血。
目の下、右肩、両膝は打撲。
転げ落ちる途中、メガネがはずれたのは不幸中の幸い。
メガネは壊れたが、眼球に傷を負わずに済んだ。
骨折もしなかったが、
切り傷、打撲、内出血でひどい顔になった。

妹にも世話になった。
血だらけになったコート、上着を
クリーニングに出してくれただけでなく、
流動食や栄養剤を手配してくれた。

飲み会の帰り、
上野駅で銀座線を下車した所までは覚えている。
常磐線に乗れば柏まで帰れるのに、
なぜか、お茶の水駅にいて、
階段から転げ落ちたらしい。

あまり酒を飲まなかったはずなのに、
突然、意識が飛んだように思う。
上野駅で銀座線を下車してから、
目を覚ました翌朝までの記憶が一切ない。
その間、私は何者であったのか。

妹に指摘され、部分的ではあるが、
自分が何をしていたのかわかった。
妹いわく、酔って義姉さんのことを思いだして、
お茶の水まで行ったのではないのか、と。

東京医科歯科大学病院へ行こうとしたようだ。
そこで奥さんが手術を受けたのは2010年のこと。
1年後には永眠してしまったのに、
私は「入院中の奥さん」に会いに行こうとしたようである。

携帯電話に発信記録が残っていた。
私のアドレス帳は、
奥さんの携帯番号が登録されたままになっている。
その夜、酩酊した私は、
応答するはずのない奥さんに8回も発信していた。
会いたかったのだと思う。

後日、念のため再検査を受け、異常なしの診断。
顔の傷もだいぶよくなった。
近々、新しいメガネもできあがる。
しかし、バカは治らない。


*******
リンキン・パーク(Linkin Park)/ My December










by hikihitomai | 2017-12-20 21:00
没イチ



c0069055_02000726.jpg


焦点距離16mm(24mm相当)、HDR加工。

有楽町、JR線の高架下。
バーデンバーデン(Baden Baden)。
その隣(画面右奥)は、JSレネップ。
両店ともうまいビールが飲める。
ときどき、奥さんと飲みに来た。

奥さんといえば、
配偶者と死別した人を「没イチ」というそうだ。
離婚の「バツイチ」になぞらえた言葉だとか。

没イチの趣旨は、死別の悲しみを乗り越え、
新しい人生を前向きに生きていこうというものらしい。
様々な取り組みや活動があるようだ。

夫婦は、同時に死なない限り、
どちらかが必ず没イチになる。
したがって、死別後をいかに生きるかは、
多くの人々が直面する問題である。

他人事ではない。

うちの奥さんが永眠して6年。
闘病中、少しずつ心の準備を整えていたはずなのに、
奥さんの死は受け入れ難かった。
理解できなかったと表現する方が適切かもしれない。
得体の知れないものに心身が腐食されていたような気がする。

没イチになった私は、
新しい人生を前向きに生きているわけでもなく、
特別なことは何もしていない。
死別の悲しみに押し潰されなかったのは偶然なのだろう。

唯一、心がけていることはある。
「奥さんのことを忘れない」
それだけである。


*******
パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)/ Buleria alla Paco












by hikihitomai | 2017-09-12 21:00 | HDR
Red Nose Day



c0069055_14060052.jpg



*******
スケッチシー(SketchSHE)/ Don't stop me now
同じ "Red Nose Day" でも米国は毎年8月7日で、
英国は奇数年の3月第2金曜日または第3金曜日だとか。
"Red Nose Day" は、慈善活動。
ピエロのように赤い鼻をつけて笑顔を贈る日。
日本のドラえもんは鼻が赤いから毎日が "Red Nose Day" か。

スケッチシー(SketchSHE)はオーストラリアのコメディアン。
身振り手振りで歌を表現する動画がたくさんある。
面白いのは "Bohemian Rhapsody" 。
スケッチシー(SketchSHE)/ Bohemian Rhapsody
"Mama" の手振りが笑える。
"easy come, easy go" はキワドイ。

うちの奥さんが生きていたら、
「おとうちゃん、これやって」とリクエストされただろう。
というのも、奥さんの要望により
フレディー・マーキュリーの歌マネをしたことがあるから。
マイクスタンドの代わりに掃除機のホースを持ち、
上半身裸でボヘミアン・ラプソディを歌ったのである。
子供たちには見せられない痴態であった。

何度もひとにやらせておいて、
その都度、奥さんは言うのであった。
おとうちゃんて、ほんと、バカよねぇ。

赤い鼻はつけていなかったけれど、
笑顔のプレゼントにはなったのだろう。

まあ、そんなことをやっていたせいか、
今でも歌詞カードを見ずに歌うことができる。
程よく酔っているときなど、
鼻唄で歌うのはボヘミアン・ラプソディである。
カタカナ英語だけどね。











by hikihitomai | 2017-08-07 21:00 | 物見遊山